
日本代表戦が近づくたびに、サッカーファンの間で議論の的になる大会がある。「EAFF E-1サッカー選手権」だ。代表戦といえば本来、熱狂に包まれるはずのイベントだが、この大会に対しては「開催する意味があるのか」「選手がかわいそうだ」といった懐疑的な声が絶えない。果たして、E-1選手権は本当に無駄な大会なのだろうか。大会が抱える構造的な問題と、現場にもたらしている隠れたメリットの両面を整理する。
なぜ批判されるのか:構造的な3つの欠陥
批判派の意見の根底には、主に以下の問題点が挙げられる。
第一に、ベストメンバーを組めないことによる競技レベルと魅力の低下である。E-1選手権はFIFAの国際Aマッチデー期間外に開催されるため、クラブ側に選手の派遣義務が発生しない。そのため、欧州で活躍するスター選手を招集することは事実上不可能であり、必然的に国内のJリーグ所属選手を中心とした編成を強いられる。日韓戦以外のグループリーグの試合では一方的な展開になることも多く、競技としての緊張感が欠如していると指摘されている。
第二に、最も深刻なのが過密日程による負傷リスクである。Jリーグのシーズン真っ只中に組み込まれることが多く、選手たちは酷暑の中で中2日や中3日で3試合をこなすという過酷な環境に置かれる。2022年大会で右膝前十字靭帯断裂の重傷を負った宮市亮や、2025年大会直後に過負荷による筋痙攣に見舞われた綱島悠斗の例は、ファンにとっても記憶に新しく痛ましい出来事だ。
第三に、観客動員の低迷と商業的価値の暴落だ。2022年の日本開催における香港戦の観客は約5千人、2025年の韓国開催に至っては、日本対香港戦で1000人を下回るという国際Aマッチとしては異例の事態に陥っている。さらに、北朝鮮が突如参加を辞退するなど、東アジア特有の地政学的な不安定さも大会の事業リスクを高めている。
E-1選手権の3つの構造的欠陥
隠れた存在意義:登竜門としての価値と実利

一方で、現場の強化部門や指揮官の視点に立つと、全く異なる景色が見えてくる。
最大の存在意義は、普段は海外組の陰に隠れがちな国内組(Jリーガー)の国際舞台への登竜門として確実に機能している点だ。過去を振り返れば、2013年大会の柿谷曜一朗や山口蛍、2017年大会の伊東純也、2022年大会の相馬勇紀など、この大会を足がかりにA代表へ定着し、ワールドカップメンバーへと飛躍した選手は数多い。
E-1選手権をきっかけにA代表へ定着した主な選手
| 大会年 | 選手 | その後の実績 |
|---|---|---|
| 2013 | 柿谷曜一朗・山口蛍 | ブラジルW杯メンバー入り |
| 2017 | 伊東純也 | 欧州移籍後に代表の主力へ |
| 2022 | 相馬勇紀 | カタールW杯メンバー入り |
| 2025 | ジャーメイン良 | 大会MVP・得点王で代表候補に浮上 |
| 2025 | 早川友基(GK) | 安定感を示し正GK候補に |
直近の2025年大会でも、初招集ながら大会MVPと得点王に輝いたジャーメイン良や、安定感を示したGK早川友基が新たな候補として名乗りを上げている。森保一監督もこの大会を若手や代表未経験選手の試金石と位置づけており、選手層の底上げという面では多大な貢献を果たしている。
また、協会レベルでの実利も見逃せない。E-1選手権は国際AマッチとしてFIFAランキングのポイント計算に反映される。重要度係数は低いものの、勝利すればポイントが加算される仕組みであり、ワールドカップのシード権(ポット分け)を有利に進めるためには、若手主体の編成であってもランキングポイントを取りこぼせないというシビアな背景がある。
ファンはどう向き合うべきか:新たな楽しみ方と提言

E-1選手権は興行としての限界と現場における強化の有用性という強烈なジレンマを抱えている。歴史的な役割を終えつつあるこの大会に対して、ただ批判するだけでなく、新しい視点を持って向き合うことができるのではないだろうか。
まず、海外組のベストメンバーが揃わないことを嘆くのではなく、「次世代スターの青田買い」を楽しむ場として割り切って見ることだ。実質的な「国内リーグ所属選手限定(B代表)」のオーディションの場として捉え直すことで、Jリーグで応援している選手がA代表への切符を掴む瞬間を目撃する体験へと変えることができる。
また、ファン自身が「選手ファーストの環境づくり」を求めていく姿勢も重要だ。酷暑の中での過密日程は、応援する選手のキャリアを脅かしかねない重大な問題だ。冬季のオフシーズンやプレシーズンへの開催時期移行といった抜本的な改革案を支持することで、大会をより安全で持続可能なものへと変えていく後押しができる。
E-1選手権は今、大きな過渡期にある。不要なものとして歴史の幕を閉じるべきか、それとも未来への投資としてファン自身が新しい価値を見出していくべきか——その答えは、我々ファンの向き合い方にかかっている。